2020/11/9

もう寝ようと思ったら、youtubeにT-REXのライブ動画が上がっているのを見つけてしまった。
中学だか高校生の頃、好きでこっそり聴いていたT-REXだ。
なぜこっそりなのか。
どっぷりではなかった気がする。
アルバムを持ってたわけじゃなく確か20曲くらい入ってたbest版みたいなやつだったからだ。
その程度なのに好きと公言するのは憚れる。
そこからちゃんとアルバムを何枚も買い揃え聴き込むということはしなかった。
そんなお金は無かったし、100%ハマったわけじゃ無かったからかもしれない。
見た目とかファッションとか音とかはそんなに、、だったからかな
けどマークボランのなんだか震えてるような声とかポップなメロディーがとても好きだった。
グラムロックと言われるものに興味は持たなかったし、その他のミュージシャンは一切知らない。

あんなに好きだったT-REXの、マークボランの動く映像を見たことがなかった。
youtubeってすごい。
ただで見れるなんて。
あの頃見てたら、ちょっと時間がかかったかもしれないけど、もっと好きになっていたかもしれない。

まだ見てる途中だけど。

司会者が「もうすぐ始まるぞ!」みたいな感じでお客を煽る。
声援が上がり、幕でも開いてバーンと始まりゃかっこいいものをそうはしない。
のそのそとメンバーが入ってきて、ちょっと音出しして確かめたりする。
間が非常にダサい。
事前にリハーサルはしていなかったのか?

やっと始まっても音がしょぼい。
もう50年近く前の映像だから仕方ないか。
PAシステムもまだまだだったんだろう。
返しのモニターもまだない頃だ。

ドラムとベースとギターボーカルと、そこになぜパーカッションが
音楽的に必要な楽器だろうか?
ギターがもう一人いたり、キーボードを入れるべきでは?
そして笑ってしまうのがマイクスタンドだ。
パーカッションに立てたマイクがなんども倒れてくる。
ネジが甘いのか?

おっ3,4曲でバンドがはけて、アコギが出てきた。
アコギに取り付けるピックアップマイクがテープでベタベタ貼り付けてある。
やはり信用に足るネジがまだ生まれてなかったのか?
日本の下町中小企業の技術がイギリスに轟くのはまだ後のことか。

そしてマークボランは椅子でなく地べたにあぐらをかいて弾き語り出した。
エンケンスタイルだ。
あれは腰にくるぞ。
ギターの音はしょぼい。
けど歌は良いなあ。
やっぱり好きだなあ。
僕の好きな歌うたいはどんなジャンルの音楽だろうとグラムロックだろうがレゲエだろうが、アコギ一本持たせても良い歌が歌える人だ。

なんかダンボール箱に入った鈴みてえなのを客席にばらまき出したぞ。
当たったらどうすんだ。
うわGET IT ONだ。
と思ったらラリったやつがステージに上がってきてマークボランに抱きついてる。
警備が手薄すぎるぞ。
うわーーおもしれえ。
かっこいい!
CDで聴いてるだけじゃわからんもんだ。
こんなライブするのか。
誰かとワイワイ話しながら見たいな、こりゃたまらん。

2020/09/29 「天国への階段」

今突然思い出した。

というか頭の中にふいに浮かんできた。
あの頃住んでいた借家には屋上があって、そこへ登る狭い階段があった。
僕の人生にはよく借家というワードが出てくる。
アパートやマンションの一室に住んだことの方が多いが、一軒家を借り切ったことが2度あった。
確か21の歳、同じ学校の音楽繋がりの友達から誘われてルームシェア、というかハウスシェアをした。
池袋のそばの千川という町、小さな小さな古い古い家で、隣の家との隙間はほとんどなかった。
二階はふた部屋、一階は居間と小部屋に台所トイレ風呂。
借主の友人は二階のふた部屋、といってもフスマで仕切られただけなので、取っ払って10畳くらいの部屋にして住んでいた。
一階の居間は4畳半くらいあったか、その隣の部屋はもっと狭かった気がする。
その仕切りは今や滅多に見ないアコーディオンカーテンのみだった
居間と水回りは共有、僕のプライベートスペースは4畳あるかないかだった。
家賃は確か8万円、彼が5万円出すから3万で住まないか?という誘いだった。
どうも割が悪い気が今ならするが、その前は風呂無しトイレ共同の下宿暮らしだった。
一刻館の、管理人さんが響子さんじゃなくて普通のおばちゃんバージョンの下宿だ。
そこの家賃は3万円。
同じ家賃で台所、風呂付きに格上げされるというこの上ない話だった。
持ちかけてきた友人ともウマが合っていた。
だから誘われたんだろうし、誘いに乗ったんだろう。
住み始めてみるとかなり居心地は良かった。
部屋は狭いが大きな昔サイズの押し入れがあり、フスマを取っ払ってステレオセットやらテレビやら色々突っ込めたので案外充分な居住スペースが確保できた。
おまけにその家は期間限定借家みたいなやつで、3年だか後に取り壊されることが決まっていて、その期間住むなら壁に穴を開けようが色を塗ろうがぶち抜こうが、自由にしてよかった。
ぶち抜きはしなかったが二人ともかなり好きに出来たのだ。
友人は家事全般に精通していた。
料理も上手でよく一緒に食わせてもらった。
洗濯機は彼のだったが、好きに使ってよかった。
風呂は内釜で、ガチャガチャ回して炊くやつだったけど、いつでもただで風呂に入れるなんて夢のようだった。
CD、レコードを僕の何倍も所有していて、言えばいつでも聴かせてくれた。
確かレッドチェッペリンとかガンズアンドローゼズみたいのが好きで、二階の部屋ではよくレスポールをマーシャルに突っ込んで爆音で鳴らしたりしていた。
お互いの友人たちが夜な夜な集まるような家になった。
みんなだいたい音楽仲間だ。
よく鍋をやって夜中まで酒を飲んだ。
隣近所はたまったもんじゃなかったはずだ。
苦情があったのかどうだったか記憶に無いが、僕の彼女が、家の前で立ち話している隣家のおばあちゃんたちに麦茶をすすめて、仲良く話に加わったりしていたせいか、そんなにもめなかった気がする。
その暮らしの中で僕は洗濯が少し好きになった。
自分の分とついでに同居人の分を回し、でっかい洗濯カゴを2階へ、さらに上に登る狭くて急な階段があった。
階段の壁には同居人が青いペンキで突発的に殴り書きした誰かの歌の文句があったりした。
それは屋上へと続く階段だった。
屋上と言っても2畳程度のスペースで、床の板は所々剥がれていたり、手すりは折れていたりちょっと危険だったが、日当たりは抜群、風は吹き抜ける、晴れてさえいれば面白いように洗濯物が乾く天国のような場所だった。
遠くにサンシャイン60などのビル群、さらに遠くの方に富士山が霞んで見えることさえあった。
思う存分に洗濯物を干し、タバコを吸いながらしばしば呆然とした。
そんな些細なことを、一度も思い出さなかった光景をさっき唐突に思い出した。
空の青、ペンキの青、富士山の霞んだ青を。
暗い階段を抜けた先にささやかに広がるあの光景を。
2年くらい経って僕だけその家を出ることにした。
理由はたいして覚えていないけど、同居人とうまくいかなくなったような記憶だ。
つい先日、20年やり取りがなかった彼からメールが来た。
フェイスブックのメッセンジャーというやつだ。
彼は僕に謝ってきていた。
ずっと気に病んできたと。
そんなに謝る必要はないよ、こっちも悪かったんだろうし、そもそも君が覚えてるほど、僕には記憶が残ってない。
またいつか会って、あの頃の話でもできたらいいね、と話を終えた。
その時には思い出さなかったあの光景を、なんで今になって、しかも深夜の地下鉄の中で突然思い出したんだろう。
あまりにも鮮明で確かな記憶だ。
あの頃彼が聴かせてくれた、なんとかという外人グループの「天国への階段」という邦題曲がとても合うんじゃないかなと思うんだけど、曲のほうはさっぱり思い出せないよ。

2020/9/26

雨でもゴンは散歩をしたがる。
自分は傘を差せば被害はないけど、後で面倒はなのはゴンの方だ。

雨はコーラが飲めない

という題名の本を昔どこかで見た覚えがある。
手にとって読んではいないけど、雨の日になるとたまに思い出す。
小説だと思うけど、一体どんな話なのか、気になる。

雨が降っている中、釣りに行くのは億劫だ。
釣りに行ったら降ってくるならいいんだけど。

あじさい日記、を久しぶりにたくおと演奏した。
6月の梅雨時期でもないのに。
でも秋の雨続きだし、今年の6月は歌う機会がなかったし、
そもそも6月しか歌っちゃいけない理由はない。
作った自分が言うのもなんだけど、ようやく歌えるようになってきた。

たけし日記は2度ほど題名を変えた気がするけど、初めは「あじさい日記」だった気がする。
曲が先なのか、日記が先なのかは覚えていない。
曲に出てくる女の子のことは覚えている。

その子のことも雨の日になると、たまに、たまに思い出すのだ。

大切なお知らせ

突然ですが大切なお知らせがあります。

この度、2020/7/17「東京60WATTSの配信ライブ」を最後にdrum森利昭は東京60WATTSから脱退致します。
東京60WATTSファンの方たち、各関係者、ミュージシャン、スタッフ、ライブハウス関係者、これまで携わって頂いた全ての方、この様な形での報告になってしまった事、本当に申し訳無く思っております。

このコロナ状況下、3月下旬くらいから自分の生活が逼迫されてしまい、音楽中心だったライフスタイルの軸を1日でも早く変えなくてはいけないと判断し、これ以上60WATTSの活動する事が、困難になってしまい異業種の世界に飛び込む事になったというのが、大きな理由です。

山川の兄貴、EG、メンバーの二人には、本当に愛のある説得頂いたんだけど
それに応える事がどうしても今は不可能と決断しました。

2002年頃、加入し(たぶん・・)
東京60WATTSと過ごして18年間、一言、二言で言い表すことが出来ない多くの思い出と経験、成長させてもらった事、そして俺の人生で一生消える事の無い時間を過ごせた事、幸せに思います。

メンバーのたけし、琢雄。山川の兄貴、EG、前メンバーの大山敦、佃太郎。
マネージメントして頂いたFIVE-Dスタッフ、佐藤剛さん、元マネージャー山本未央、えんちゃん、金井氏
プロデューサー塚越さん、エンジニアの吉川君、FM802ヒロTさん、
デビュー当時からずっと側に居続けてくれているHITKIT社長、伊藤”ワクワク”彰さん、60WATTSを介して、一緒にGrooveしてくれたミュージシャン達、本当に感謝です。

そして

東京60WATTS森利昭に、出会ってくれた君に感謝、言葉をくれた君に感謝、笑顔をくれた君に感謝感謝です。

何時、又会えるかは、まだわからないけど自分なりにゆっくり音を楽しんで行くので、何処かで出会ったら
声かけてくださいね。

そして、まだまだ東京60WATTSは前に進んで行くはずなので、これからも応援よろしくお願いしますね。
俺も楽しみにしてます。

森利昭

2020/6/1

うたこの学校が二ヶ月遅れで始まった。
入学式は親の参加無し。
クラスを半分に分けて、午前の部午後の部でしばらく授業を始めていくらしい。
先生は1日2公演ということだ。
帰ってきたうたことお風呂に入ろうとすると、名札を服から外してくれという。
外す時に突然おかしな感情が湧いてきた。
自分じゃない、人の名札を胸から外すのは初めてかもしれない。
けどなんだか懐かしい、どこかで記憶に残っている気がした。
自分が同い年の頃、やはり名札を外すことがまだできず、たしか母さんに外してもらっていたことを思い出した。
そうか、これは外してもらう側の記憶と外す側の記憶がごっちゃになっているんだ。

お風呂に先に入って待っていると、胸と下のところを手で隠して「いやーん」とふざけながら入ってきた。
多分しずかちゃんの真似だ。
あと何回お風呂に一緒に入るか、あと何回名札を外すかわからない
ひょっとしたらあとちょっとかもしれない。
それに感傷的になるほど親バカではないけど、今日ふっと沸いた不思議な思いを書き留めておくくらいのバカ親な僕だ。

東京60WATTS新譜リリース続報、通販受付について。

「外は寒いから ふわふわ」アナログ盤7インチシングルリリースします。

映画『東京の恋人』で主題歌として使用された2004年リリースの「外は寒いから/ふわふわ」を16年ぶりに再レコーディングしアナログレコードとしてリリースします。

なお、レコードプレイヤーを持っていない方のためにダウンロード用のURLが封入されており、そちらでは「外は寒いから(full version)」と「ふわふわ」だけでなく、新曲もダウンロードできるようにします。

映画『東京の恋人』は627日より、ユーロスペース(渋谷)か全国順次公開されます。

このアナログ盤は上映会場で発売されますが、東京60WATTSHPWEB SHOP
7月1日より受付を開始いたします。

2020/1/4

so-soの新年会に随分久しぶりに参加した。
例年なら4日から仕事をするので不参加だったが、今年はのんびりしようと決めたのだ。
何年か前からなぜか新年たこ焼きパーティーだ。
大阪地方ではかなりメジャーなパーティ。
どいつもこいつもが、「へたっくそやな、貸してみい!」と鉄串を奪い合い、ひっくり返しを競い合い、ひとりゆうに100は食べはって、床が油でズルズルになり、誰かひとりは滑って頭を強打するという、地獄の会だ。

しかし関東では全く違う様相を呈する。
焼かされるのはハブにされたやつひとり、あとはみんないつものように酒を飲みながら「もうないよ!早く焼いて!」と命令するだけのパーティだ。
今年もてっちゃんが、焼くの上手ねえとおだてられ、ひたすら焼き方に徹していた。
できたら大皿に乗せられみんなの待つテーブルに運ばれていく。
そしてあっという間に食い尽くされ、焼くの上手ねえ、早くもっと焼いてーと言われながら皿が戻ってくる。
テーブルにいては若輩の僕などは食うことができない。
それをワンターンで察し、焼き方てっちゃんの横で手伝う振りしたりおだてたり孤独を慰めたりする役に徹する。
そして頃合、大皿に乗せられようとしてるやつの中からきれいなやつ、美味しそうなやつをポンポン口に入れるのだ。
大皿に乗せられることで多少冷め、運ばれていく間に味は落ちていく。
その前の前だ。
ここに人生のうまい生き方があるのだ。

口の中にやけどを負うリスクはあるが、これこそが究極のたこ焼きだ。
士郎さんもびっくりだ。

福井から上京してきたウタウタイが会に紛れ込んでいた。
ギブソンをローンで買い、東京に一人暮らし、週のほとんどをコンビニの夜勤。
昼寝て夜働く生活。
なんでそんな奴が入間の店で新年早々たこ焼きを食っているのか。
なんでもある時下北沢でライブを見て、飲み屋で一緒になったいきものがかりの加藤さんがso-soを紹介したらしい。
「音楽が好きなら入間に行け、so-soに求めるものがあるはずだ」とでも言ったのだろうか。
前途洋々な若者を入間に送り込んできたからには、入間の番人と言われる俺がほっておくことはできない。
「じゃあ君、一曲歌ってみなさい」と言うと、彼は歌わせてくださいと案外スッと歌い出した。
「私は君に一曲と言ったよね。初めて来た店で初めて会う人たちの前で一曲だけ歌うチャンスを君は得た。君に対して一切先入観のない人たちの前で歌った今のその曲のチョイスは果たして正しかったのかい?ほら見てごらん、テーブルの酔っ払いたちは誰も振り向いて耳を傾けようとしなかったじゃないか。チャンスは一度きり、チャンスの神様には毛が生えてないのだ、、、云々でんでん」

「君の目指す道のほんのちょっと先を歩いている先輩がここにいる。チャンスをどう生かすのか、その答えを君に教えてくれると思うよ。彼は今年一人で歌い始めてちょうど10年だという。君が歩くその道の先に彼がいるのか、いや別の道を選択するのか判断は自由だ。それじゃたこ焼き串を置き、ギターを握りなさい。てっちゃん、君の10年を見せてくれ!」
そんな感じで新年会は楽しく進んだ。
福井の青年がてっちゃんを見て、光る一筋の道を見つけたのか、それともてっちゃんのせいでさらに道に迷ったのか、どちらかはわからないがとりあえず終電を逃したようなのでうちに泊めてやったとさ。

2020/1/3

恒例の、兄ちゃんたちとの釣り始め。
成田の先の釣り堀、ジョイバレー。
人が多い時間を避けて夕まずめを目指して午後3時到着。
渋かった。
底をズル引きしてなんとか3匹。
あっという間に暗くなって手元が見えない。
キャストも暗いとどこ飛んでるのかわからない。
気づいたらラインがぐちゃぐちゃになってたけど暗くて直せない。
結び替えようにも見えない。
釣りバカの浜ちゃんは目をつぶっても糸を結べると言っていたが、まだそんな領域にはたどり着いてない。
かなり冷え込んでいつもなら手がかじかむところだが、新調した使い捨てカイロを入れるポケットがついた手袋のおかげで手は守られた。
さすがガマカツだ。

20201/2

千葉の実家にて。
初詣は鹿島神宮にした。
なんか今年は金物の年で、鹿島神宮は剣とか金物系らしいからそうした。
ざっくりしてうすーいがそういうことだ。

鹿島神宮に納品する?違うな、献上する?酒造会社が売り場を出していた。
そういや正月に飲む用の酒を持ってこなかった。
親父が病気をやって、もういい歳だし酒をやめろと医者に言われて随分経つ。
その親父の前で酒を飲むのも億劫だと準備を怠った。
一升瓶は重いし、四合瓶でも飲みきれるか分からないほど酒にはあまり強くない。
ワンカップを売ってるじゃないか。
ちょうどいいや、と2本買った。
1000円出してお釣り200円。
その時は気にしなかったがワンカップ一本、1合くらいかな、400円はどうだ?
一升瓶にしたら4000円取るのか?
なんと大層な酒ではないか。
よっぽど自信作なんだな。
獺祭よりも神亀よりも磯自慢よりも高いぞ。

家に帰ってよく見たら本醸造。
本醸造でも美味しいお酒はある。
友達が教えてくれた。
酒の中で下のランクの本醸造、それを美味しく仕込んでいる蔵こそが真剣に酒を造っているのだ。
うまい酒を求めて蔵周りをしている放浪者の友人が熱弁していた。
よし、それなら真剣に向き合ってみようじゃないか。

失敗した。
酒の道は険しく遠い。
なぜこれに400円の値をつける?
正月で財布の紐が緩んだ酒の味のわからないやつに売りつける作戦か。
見事にハマってしまった。
残念!

しかし年の初めにこういう目に遭っておけば、もう今年は安泰だ。
厄払いしたと思っておこう。

2019/12/31-2020/1/1

今年は田端で年を越した。
山さんとのたけしたちは大晦日恒例だ。
それにしても近年は5/5のこどもの日と大晦日だけのたけしたち活動になっている。
だが今日聞いたとこによると、ついに来年は動き出すようだ。
リリース、ツアーなど。
任せっきりでいいのか申し訳ないが、60ワッツがやることいろいろあるしなあ。
釣り竿持って一人旅もしたいなあ。
うたこが小学生になるなあ。
なんかまともに働かないとなあ。
なんてぼーっと考えてたら年を越していた。
今年もよろしく。