2020/6/1

うたこの学校が二ヶ月遅れで始まった。
入学式は親の参加無し。
クラスを半分に分けて、午前の部午後の部でしばらく授業を始めていくらしい。
先生は1日2公演ということだ。
帰ってきたうたことお風呂に入ろうとすると、名札を服から外してくれという。
外す時に突然おかしな感情が湧いてきた。
自分じゃない、人の名札を胸から外すのは初めてかもしれない。
けどなんだか懐かしい、どこかで記憶に残っている気がした。
自分が同い年の頃、やはり名札を外すことがまだできず、たしか母さんに外してもらっていたことを思い出した。
そうか、これは外してもらう側の記憶と外す側の記憶がごっちゃになっているんだ。

お風呂に先に入って待っていると、胸と下のところを手で隠して「いやーん」とふざけながら入ってきた。
多分しずかちゃんの真似だ。
あと何回お風呂に一緒に入るか、あと何回名札を外すかわからない
ひょっとしたらあとちょっとかもしれない。
それに感傷的になるほど親バカではないけど、今日ふっと沸いた不思議な思いを書き留めておくくらいのバカ親な僕だ。

2020/1/4

so-soの新年会に随分久しぶりに参加した。
例年なら4日から仕事をするので不参加だったが、今年はのんびりしようと決めたのだ。
何年か前からなぜか新年たこ焼きパーティーだ。
大阪地方ではかなりメジャーなパーティ。
どいつもこいつもが、「へたっくそやな、貸してみい!」と鉄串を奪い合い、ひっくり返しを競い合い、ひとりゆうに100は食べはって、床が油でズルズルになり、誰かひとりは滑って頭を強打するという、地獄の会だ。

しかし関東では全く違う様相を呈する。
焼かされるのはハブにされたやつひとり、あとはみんないつものように酒を飲みながら「もうないよ!早く焼いて!」と命令するだけのパーティだ。
今年もてっちゃんが、焼くの上手ねえとおだてられ、ひたすら焼き方に徹していた。
できたら大皿に乗せられみんなの待つテーブルに運ばれていく。
そしてあっという間に食い尽くされ、焼くの上手ねえ、早くもっと焼いてーと言われながら皿が戻ってくる。
テーブルにいては若輩の僕などは食うことができない。
それをワンターンで察し、焼き方てっちゃんの横で手伝う振りしたりおだてたり孤独を慰めたりする役に徹する。
そして頃合、大皿に乗せられようとしてるやつの中からきれいなやつ、美味しそうなやつをポンポン口に入れるのだ。
大皿に乗せられることで多少冷め、運ばれていく間に味は落ちていく。
その前の前だ。
ここに人生のうまい生き方があるのだ。

口の中にやけどを負うリスクはあるが、これこそが究極のたこ焼きだ。
士郎さんもびっくりだ。

福井から上京してきたウタウタイが会に紛れ込んでいた。
ギブソンをローンで買い、東京に一人暮らし、週のほとんどをコンビニの夜勤。
昼寝て夜働く生活。
なんでそんな奴が入間の店で新年早々たこ焼きを食っているのか。
なんでもある時下北沢でライブを見て、飲み屋で一緒になったいきものがかりの加藤さんがso-soを紹介したらしい。
「音楽が好きなら入間に行け、so-soに求めるものがあるはずだ」とでも言ったのだろうか。
前途洋々な若者を入間に送り込んできたからには、入間の番人と言われる俺がほっておくことはできない。
「じゃあ君、一曲歌ってみなさい」と言うと、彼は歌わせてくださいと案外スッと歌い出した。
「私は君に一曲と言ったよね。初めて来た店で初めて会う人たちの前で一曲だけ歌うチャンスを君は得た。君に対して一切先入観のない人たちの前で歌った今のその曲のチョイスは果たして正しかったのかい?ほら見てごらん、テーブルの酔っ払いたちは誰も振り向いて耳を傾けようとしなかったじゃないか。チャンスは一度きり、チャンスの神様には毛が生えてないのだ、、、云々でんでん」

「君の目指す道のほんのちょっと先を歩いている先輩がここにいる。チャンスをどう生かすのか、その答えを君に教えてくれると思うよ。彼は今年一人で歌い始めてちょうど10年だという。君が歩くその道の先に彼がいるのか、いや別の道を選択するのか判断は自由だ。それじゃたこ焼き串を置き、ギターを握りなさい。てっちゃん、君の10年を見せてくれ!」
そんな感じで新年会は楽しく進んだ。
福井の青年がてっちゃんを見て、光る一筋の道を見つけたのか、それともてっちゃんのせいでさらに道に迷ったのか、どちらかはわからないがとりあえず終電を逃したようなのでうちに泊めてやったとさ。

2020/1/3

恒例の、兄ちゃんたちとの釣り始め。
成田の先の釣り堀、ジョイバレー。
人が多い時間を避けて夕まずめを目指して午後3時到着。
渋かった。
底をズル引きしてなんとか3匹。
あっという間に暗くなって手元が見えない。
キャストも暗いとどこ飛んでるのかわからない。
気づいたらラインがぐちゃぐちゃになってたけど暗くて直せない。
結び替えようにも見えない。
釣りバカの浜ちゃんは目をつぶっても糸を結べると言っていたが、まだそんな領域にはたどり着いてない。
かなり冷え込んでいつもなら手がかじかむところだが、新調した使い捨てカイロを入れるポケットがついた手袋のおかげで手は守られた。
さすがガマカツだ。

20201/2

千葉の実家にて。
初詣は鹿島神宮にした。
なんか今年は金物の年で、鹿島神宮は剣とか金物系らしいからそうした。
ざっくりしてうすーいがそういうことだ。

鹿島神宮に納品する?違うな、献上する?酒造会社が売り場を出していた。
そういや正月に飲む用の酒を持ってこなかった。
親父が病気をやって、もういい歳だし酒をやめろと医者に言われて随分経つ。
その親父の前で酒を飲むのも億劫だと準備を怠った。
一升瓶は重いし、四合瓶でも飲みきれるか分からないほど酒にはあまり強くない。
ワンカップを売ってるじゃないか。
ちょうどいいや、と2本買った。
1000円出してお釣り200円。
その時は気にしなかったがワンカップ一本、1合くらいかな、400円はどうだ?
一升瓶にしたら4000円取るのか?
なんと大層な酒ではないか。
よっぽど自信作なんだな。
獺祭よりも神亀よりも磯自慢よりも高いぞ。

家に帰ってよく見たら本醸造。
本醸造でも美味しいお酒はある。
友達が教えてくれた。
酒の中で下のランクの本醸造、それを美味しく仕込んでいる蔵こそが真剣に酒を造っているのだ。
うまい酒を求めて蔵周りをしている放浪者の友人が熱弁していた。
よし、それなら真剣に向き合ってみようじゃないか。

失敗した。
酒の道は険しく遠い。
なぜこれに400円の値をつける?
正月で財布の紐が緩んだ酒の味のわからないやつに売りつける作戦か。
見事にハマってしまった。
残念!

しかし年の初めにこういう目に遭っておけば、もう今年は安泰だ。
厄払いしたと思っておこう。

2019/12/31-2020/1/1

今年は田端で年を越した。
山さんとのたけしたちは大晦日恒例だ。
それにしても近年は5/5のこどもの日と大晦日だけのたけしたち活動になっている。
だが今日聞いたとこによると、ついに来年は動き出すようだ。
リリース、ツアーなど。
任せっきりでいいのか申し訳ないが、60ワッツがやることいろいろあるしなあ。
釣り竿持って一人旅もしたいなあ。
うたこが小学生になるなあ。
なんかまともに働かないとなあ。
なんてぼーっと考えてたら年を越していた。
今年もよろしく。

12/14続きの続き

映画の会の席を立ったのが21:30
早く行かないと今日中に今日が終わらない。

ギロッポンというからにはさぞかしオシャレなバーを貸し切ってるんだろうと思っていたら、場末の小さなスナックだった。
20人を超えるおじさんたちがぎゅうぎゅうになっていた。
いるいるいる。
あああいつだ、全然変わってないな、だったり誰だっけこれ、だったり、面影はあるけどかなりデブで年取ってたり様々すぎてめまいがした。
店のママは70を超えているか?
ビシッとスーツを着て、ぐちゃぐちゃの中を颯爽と歩きまわり、新顔の僕を素早く見つけ何を飲むか聞いてくれる。
こういう場ではハイボールが便利だ。
みんな飲んでるし、長持ちするし、そんなきつくないから酔いも緩やかだ。
ここへ来るまでに結構飲んでいる。
控えなきゃ帰れなくなるぞ。
けどもあいつと話してこいつが加わって、そいつはどいつだと立て続けに話すうちにどんどんヒートアップしていくものだな。
なんせお互い詰め襟着てた者同士がタイムスリップして髭生やして酒を飲んでいるのだ。
軽い違和感と変わらない馬鹿騒ぎで、どうにもこうにも酒を飲む手が止まらない。
グラスが空になるとママがスッとやってくる。
さすがギロッポンで何十年も戦ってきたマダムだ。
目も鋭いし動きもしなやかだ。
カラオケが始まった。
修学旅行のバスで吉原が歌ってくれた「夏の日の1993」で遠い記憶がフラッシュバックする。
よく聴くとひどい歌詞だ。
今の時代ではコンプライアンス的にアウトだ。

奥からマスターが出てきた。
ママに比べればだいぶおじいちゃんに見えるが、こちらが年相応なんだろう。
ママが若すぎるのだ。
この店はカラオケシステムがちゃんとあるのに、それを使わず、マスターがリズムボックスを鳴らしギターを弾いて、その伴奏で客が歌うという謎のシステムがあるようだ。
しかも彼がテキトーにランダムに?いや計算してなのか?打ち出すリズムが全く原曲とかけ離れていてかなり奇妙なのだけれどみんな酔っ払っているので全く気にせず気持ちよく歌う。
一度行ってみるといい。
分厚い歌本があるのでマスターのレパートリーはおよそ無限だ。
ギターを貸してもらって歌った曲は当時、その曲が歌いたくて初めてギターを覚えて弾いた曲だ。
コードがやたら多くて大変だったもんだ。
気づいたら0時過ぎ。
今日が今日では終わらなかった。
とっくに終電ない。
かなり酔っていた。
10人くらい残って、店を出て居酒屋に入ったのは覚えている。
緑茶ハイみたいなやつを一口飲んで寝た。
起こされたのは2時か3時か。
みんな散らばっていく。
この時点で持ち金があまりないことに気づいていた。
もう飲めない。
彼らについていく気力はない。
どっか寝れるところ。
漫画喫茶とか、京都で覚えた個室ビデオにでも行けば安くて寝れるはずだ。
ひとり街を歩き出した。
フラフラだった。
情けない。
まっすぐ歩けない。
なにくそと歩いた。
六本木にはそういう店が見つからない。
闇雲に歩くとだんだん街から遠ざかり、暗くなっていく。
元来た道を戻る。
駅周辺に戻り、反対に歩く。
けどなにも見つからない。
ひょっとして目が開いてなかったのかもしれない。
見つけることを億劫に思っていたのかもしれない。
ただただひたすらに歩いた。
暗くてビルに囲まれた高速の下あたりにいた。
かなり歩いたおかげで酔いも覚めたようだ。
しかしとたんに寒い。
行き場はなく、始発まであと2時間ほど。
人通りも全くない、歩道橋に上がるエレベーターに乗り込んだ。
風がない分なんとも温かい気がする。
床に座って目を閉じた。
いや、こんなとこで寝たらちょっと死ぬ。
バッグから文庫本を取り出して読む。
薄暗いから目を凝らすがまた眠くなる。
こんなとこに人が乗ってきたらどうしよう。
LAだったら殺される。
東京は殺されることはないが、ちょっと気まずい。
仕方なく外に出た。
風が強く吹いている。
都会のビルの谷間は冷たく強い風を生み出すのだ。
風から逃げるように、また歩き出した。
早く歩けと背中を風に押されるように歩くのだ。
始発まで歩き続ければ、眠りもしないし、寒くて死ぬこともない。
都会で生き抜くために僕はただ闇雲に歩き続けたのだった。

2019/12/14続き

舞台での挨拶なるものを終えて、監督と川上さんのサイン会のようなものに付き合う羽目になる。
たいていのファンは二人と話し、サインなんかをねだっていたが、何人かは気を遣って僕にもサインを要求してくれた。
CDを売るためにこの場まで顔を出してはみたが、なんとこの会場内でものの売り買いは禁止されているらしい。
なんともはや、悲しい現実だ。
一体どういう理由でそうなのか根掘り葉掘り聞いて納得するか楯つくかしたいところだが、半分部外者だし大人なのでやめておいた。

今日は用事がまだあった。
高校の同窓会という名の忘年会が六本木である。
千葉にあった学校なのになぜ六本木か。
それも男子校なのに、野郎達の集まりに行く必要はあるのか。
いや、野郎じゃない、もはやおじさん達だ。
卒業以来けっこう毎年行われてきたらしいが僕は音信不通、住所不定無職おまけに低収入だったので声がかかることはなかったが、
時代の、テクノロジーの進歩とはすごいものだ。
フェイスブックというもので見つかって去年から声がかかるようになった。
どうすべえかなあ、といつも通り悩み、まあいいやとほったらかしにしておいたが、再度通知が来た時には参加者に名前が連ねられていた。
会費の問題もあるだろうしちょうど東京にいるしと腹を決めた。

監督と映画の会場を出て一服していると、彼が「ぜひこの後一杯やりましょう」と誘ってくれた。
こういうこともあんまりないし、まだ20時とかだしまずは映画の打ち上げに参加することにした。
監督と主演女優の川上さん、助監督の若い青年、あとは広報の人なのかおないくらいの髭のおじさん。
僕を入れた5人。
歩いてすぐのハモニカ横丁に逆戻りだ。
普段あまり関わることのないジャンルの違う人たちと飲んで話すことはいいことだ。
どんな話を聞かせてくれるのだろうと席に着いたが、挨拶を交わし乾杯をし、ちょこっと話ししばらくすると困った展開になった。
髭おじさんと川上さん、監督と助監督という組み合わせで2×2で話し込み出した。
しかもよく知らない映画の話だ。
最初はちょっと聞いてくれた。
「映画館には普段いきますか?」「いやあ滅多に行きません、こないだ子供とアナと雪の女王を見に行ったくらいです」
と、このキャッチボールだけで、ああこいつはあまり話にならないなと思われたんだろうか。
困ったぞこれは。
せっかく来たのに完全に浮いてほっとかれてるやつだ。
思えば大人になってから、酒場に行き、話をするのは音楽という共通点を持つ人ばかりだった。
複数人で話してても、中心は結構自分だった。
なのに今は。。。
しかしここであきらめるわけにはいかない。
共通の話題があるはずだ。
しかし彼らの話題は映画のことばかり。
これには少々びっくりした。
僕らは普段、音楽のことなんか話題にしたりしないからだ。
「エドシーランの新しいの聞いた?」
「米津なんとかって実在しないらしいよ」
「JASRACについてどう思う?」
なんて話題では絶対に酒は飲めない。
酒を飲む時くらい、音楽のことは忘れたい。
しかし映画の人たちはどうやら違うらしい。
さらに普段顔を合わせている人同士ではないか。
珍しいやつがゲストで来てるんだからもっといじってくれてもいいではないか。
少なくとも逆の立場だったらそうするんだけどなあ。
人数が奇数なのがいけないのかなあ。
難しいもんだ。
と思いながら夜は更けていったのだ。

2019/12/28

電車では本を読んでいたい。
車移動では読めないし、家ではやること次から次へとあって無理。
電車で、携帯いじるのなんかやだし。
けど見渡すと8割がたスマホ見てる人たちだ。
スマホで本を読めたりもするらしいからな。
あとは眠気との戦いだ。
電車に揺られるとすぐ眠くなるのは、胎児の頃母の腹のなかで揺られたあの感じに近いから、なのではないか。

年が暮れる。
なんとか体はもった。
正月は釣りしよう。

2019/12/14

長い長い日だった。
祐天寺で17時まで仕事をしたあと、吉祥寺に向かう。
渋谷で東横線から井の頭線へ乗り換える。
渋谷の駅はぐっちゃぐちゃだ。
地下の下の方から地上に出るまでにうねうねと迷路のような道を歩く。
やっと出たと思ったらものすごい人ゴミで早くもやる気が失せた。
ずっと工事をしてるこの街は、果たして全部が終われば便利になるのだろうか。

吉祥寺にようやく着くと19時前、まだちょっと時間がある。
早く動いてきてよかった。
ハモニカ横丁に潜り込む。
ウロウロして飲み屋を選んだ。
一人で飲むというのはいまだにドキドキする。
決断力のない人間だ。
ドアもない店の方が入りやすくていい。
L時のカウンターがあるだけ。
立ち飲みスタイル。
ビールはサッポロ。
自分にしては案外早めに決めた。
樽のビールをジョッキで一杯。
串二本と煮込み。
ガツというのがどこの部位なのかは詳しく知らないが、メニューにあると真っ先に食いつく派だ。
あとは鳥の皮だ。
皮はタレだ。
本当なら10本くらい食いたいとこだが、まだ1軒目だし、夜は長いし2本にしておく。
誰かと飲めばダラダラとベシャリを入れながら、相手の好みや挙動を気にしながら注文して長居する羽目だが、一人きりは違う。
黙々と飲んで食う。
5分で終了だ。
誰かが声を上げたヒューガルデンが耳についた。
ヒューガルデンの樽があるとは。
数十年前の禁断の恋を思い出す。
いつもその女(ヒト)とはデートの終わりに新宿のパブでヒューガルデンを飲んでから別れた。
甘くほろ苦いデザートビールだ。
「東京の恋人」という映画とどこかしら似ている恋だった。
こんなことを思い出すなんて今日は少しノスタルジックでセンチメンタルな日だ。

そしてこの後、その「東京の恋人」の舞台挨拶に出向くのだ。
まさか自分がそんな役目を果たす時が来るとは思っていなかった。
「この映画の音楽を担当した東京60WATTSの大川です」
そんなセリフを頭の中で何度か繰り返しつつヒューガルデンのジョッキを空けた。